秋の気配を感じる夜に
窓の外の景色が変わるころ
夜、窓辺に立つと、少し前まで聞こえていた虫の声がいつのまにか静かになっていることに気づきます。カーテンを開けたまま電気を消すと、外の明かりがぼんやりと部屋のなかに入ってきて、壁に淡い影をつくります。
その影を眺めているだけで、わたしの頭のなかには、まだ言葉になっていないメロディーのかけらが、ふわりと浮かんでくるような気がするのです。
季節が変わる瞬間は、いつもそっとやってきます。昨日までと同じはずの景色なのに、どこか違う匂いがして、空の色も少しだけ深くなっている。
そういう小さな変化に気づくたび、わたしは「ここから新しい曲が生まれるのかもしれない」と、胸の奥がすっとひんやりするような感覚を覚えます。
空気の匂いと季節の記憶
秋の夜の空気には、不思議と記憶を連れてくる力があるように思います。
冷たくなっていく風のなかに、どこか懐かしい匂いが混ざっていて、それを吸い込むと、過去のどこかの時間にふっと戻されるような気持ちになります。
誰かと過ごした具体的な出来事というよりも、もっとやわらかくて輪郭のない、「あのころの気分」のようなものです。
そうした記憶の断片は、わたしにとって曲づくりのきっかけになることが多いです。
はっきりとした出来事ではなく、匂いや温度、光の揺れ方といった、言葉にする前の感覚。
そういうものをそのまま音にできたら、きっと誰かの記憶にもそっと寄り添えるのではないかと、秋になるとよく考えます。
ピアノに向かう時間
鍵盤に指をおいてメロディーを探す

夜がもう少し深くなったころ、わたしは部屋のアップライトピアノに向かいます。
椅子に座って、まず鍵盤にそっと指をのせるだけで、何も弾かなくても気持ちが少し整っていくような感じがします。
そこから、ひとつ、またひとつと音を探していく時間が、わたしにとってとても大切なものです。
メロディーは、最初から完成した形でやってくるわけではありません。
ぽつん、ぽつんと置いた音が、少しずつつながっていって、ようやく「これだ」と思える瞬間が訪れます。
そのあいだ、何度も同じ音を弾き直したり、違う音に変えてみたりします。
正解を探しているというよりも、自分のなかにある、
まだ形になっていない感情が、どの音の並びだと一番自然に流れていくのか、耳をすませながら確かめているような時間です。
部屋の電気を少し落として、ピアノの音だけが響いているとき、窓の外の静けさと部屋のなかの音とが、ちょうどいい重なり方をしているように感じます。
秋の夜はとくに、そういう静けさが深いぶん、小さな音の揺れにも気づきやすくなる気がしています。
歌詞のノートに言葉を書き留める
メロディーが少しずつ形になっていくのと並行して、わたしはいつも手元に置いているノートに言葉を書き留めていきます。
きちんとした文章というよりは、頭のなかに浮かんできた断片的な言葉を、そのまま走り書きするような感じです。「窓辺」「息が白くなる」「指先が冷たい」といった、ただの単語だったり、短いフレーズだったりします。
そのノートを後から読み返すと、自分がその夜、どんな景色を見て、どんな気持ちでいたのかが、少しずつ見えてきます。
きれいに整った言葉よりも、少し不器用なくらいの言葉のほうが、そのときの気持ちに近いことが多いように思います。何度も書き直しながら、メロディーの流れに合う言葉を探していく作業は、地味な時間の積み重ねですが、そのぶん一行一行に、自分の気持ちが少しずつ沈んでいくような感覚があります。
ファルセットにのせる秋のきもち
高い声に込める切なさ

歌詞とメロディーが少しずつ近づいていくと、わたしはどの部分をファルセットで歌おうかと考えます。
地声では届かない、少し透明になったような高い声には、自分でも言葉にしきれない切なさを乗せられるような気がしています。
強く主張するのではなく、むしろ息を抜くように、やわらかく高いところへ上がっていく声。
そういう歌い方のほうが、秋の夜の冷たい空気や、季節が移り変わっていくときの寂しさに、ずっと近いものに感じられます。
大きな声で伝えるよりも、小さく、でもまっすぐに届けたい気持ちがあるときほど、ファルセットを選びたくなります。
高い声を出すときは、身体のどこかに少し力が入ってしまいがちですが、できるだけ自然に、呼吸の延長のようにその音に辿り着けたらと思いながら歌っています。
うまくいったときは、自分の声なのに、少し自分から離れていくような不思議な感覚があって、そのぶん、聴いてくださる方の気持ちにも静かに寄り添えるような曲になるのではないかと感じています。
聴いてくれるあなたへ
こうして窓の外の景色を眺めたり、ピアノの前で音を探したり、ノートに言葉を書き留めたりしている時間は、どれも誰かに見せるためのものではなく、わたしがひとりで秋の夜と向き合っている時間です。
でも、そうしてできあがった曲が、いつか誰かの耳に届いて、その人の秋の夜に少しでも寄り添えたらと思うと、とても嬉しい気持ちになります。
季節はこれからもっと深くなっていきます。空気がひんやりとしてくるたびに、またピアノに向かう時間が増えていくと思います。
そのなかで生まれてくる音や言葉を、いつかこうして届けられる日まで、大切に育てていきたいです。
いつも静かな時間に、わたしの歌に耳をすませてくださって、本当にありがとうございます。
これからも、秋の夜にそっと寄り添えるような曲を、丁寧につくっていきたいと思っています。
